今年38冊目 いのちの食べ方

大切なことは、「知ること」なんだ。
知って、思うことなんだ。
人は皆、同じなんだということを。いのちはかけがえのない存在だということを。

いのちの食べかた (よりみちパン!セ)

いのちの食べかた (よりみちパン!セ)

この本にある通り、我々はあまりにも知らなさ過ぎます。自分たちが食べている牛や豚を殺している人がいることも。そして、それらの人々の中に被差別部落の人が多いことも。知らないというより、知ろうとしていないのかもしれません。
人は誰でも、自分の希望を裏切るものや予想と反するものは見たくないものです。それが残酷なものや、醜いものであればなおさら。この本に出てくる「と殺」はそのひとつに過ぎません。そして、それらを知らなくても生きていけるのも事実。しかし、それらから目をそむけ続けると、しっぺ返しを必ず食らうような気がします。ただ、我々の人生は全てを知るには短すぎます。であるなら、自分が知っていることがこの世界の全てではない、そう自覚するだけでも違ってくるのではないでしょうか。


追記1:
この本に引用されている伊丹万作の「戦争責任者の問題」という文章は、先の戦争での集団心理の本質を突いていると思います。ある意味、この「いのちの食べ方」という本の主題は、伊丹万作の文章の引用部分であるともいえるかと思います。時間があれば、「戦争責任者の問題」という文章を全部読んでみたいと思います。


追記2:
この本では昔の日本人を表現するのに、「当時の僕ら」や「かつての僕ら」という表現を使っています。これが「当時の人々」や「かつての日本人」という表現であったら、ここまで心に響かなかったかもしれません。「僕ら」という表現を使うことで、読者に自分も含めた現在の日本人の問題として捉えさせる。これが著者の表現の巧みさかも知れません。