虚けの舞

虚けの舞 (講談社文庫)

この小説の主人公は織田信雄(常真)である。父信長存命中は伊勢攻めに失敗し、本能寺の変に際しては焼く必要のない安土城を焼き、清須会議では秀吉にも勝家にも無視され、賤ヶ岳では秀吉に利用され、小牧長久手では家康に利用され、小田原攻めで失敗して領地を取り上げられ、最後は秀吉の御伽衆となって、能を踊ることによって生きていく。これらの出来事が信雄の回想として語られる。もう一人の主人公の北条氏規は、能力がありながらそれを活かす場がなく行き長らえる人物として信長の次男であったにもかかわらず能力がなく何もできなかった信雄と対照的に描かれている。

この小説で印象的なシーンが2つ。一つは信長、信忠、信雄、信孝の親子四人での茶会。茶会の最中にお茶をこぼす粗相をする信雄だがうまく対応できず固まってしまう。それを鼻で笑う信孝。その途端に信長が信孝を足蹴する。慌てて間に入る信忠「三七(信孝)、三介(信雄)に詫びよ。茶会の席では人を嘲笑することこそ不作法なのだ」。親子四人の関係がよく描かれているシーンである。もう一つは信雄の夢の中でのシーン。夢に信長が現れて言う。「茶筅(信雄の幼名)、そちは猿(秀吉)の能役者となってまで生きたいのか」信雄は言う「父上、私は生きとうござりまする」何とも言えないシーンである。

戦国時代だからといって、誰もが大河ドラマの主人公のように誇り高く生き誇り高く死ねるわけではない。それどころか、ほとんどの人は無様であっても何とか生き延びようとしたのではなかろうか。そんなことを考えさせられる小説。